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全国各地の100年フード

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長野県

伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和6年度認定

小布施の栗菓子文化

小布施栗の栗栽培は室町時代からすでに始まり、その歴史は一説によると六百年余りとも言われています。松川がもたらす酸性土壌の扇状地には見渡す限り栗林が広がり、小布施は昔から栗の名産地として知られていました。江戸時代には将軍への献上品として出され小布施栗は全国に名を馳せました。そして、江戸時代の文化5年(1808年)桜井幾右衛門によって、初めて「栗落雁」が創製され、文政2年(1819年)弟の桜井武右衛門が「栗ようかん」を創製された歴史があります。現在も歴史ある栗菓子の製造と販売が引き継がれ200年以上の歴史ある老舗栗菓子店が存在します。その品質は今も変わることなく、はち切れそうなツヤツヤし実った栗は、栗おこわ、栗羊羹、栗かのこ、栗モンブランなどの銘菓となってお客様のもとへ届けられます。これからも「小布施の栗菓子文化」を江戸時代から地域で受け継がれている重要な食文化として継承していきます。
小布施の栗菓子文化
長野県
近代の100年フード部門〜明治・大正に生み出された食文化〜
令和6年度認定

小布施丸なすおやき

「おやき」とは長野県を代表する郷土食のひとつで、小麦や雑穀、そば、米などの粉を水で溶いて練った生地に野菜などの調理した具材を包んだおまんじゅうのような料理です。そして、この具材となる「小布施丸なす」の特徴は、肉質がきめ細かく煮崩れしにくく、ほのかに甘い特有の風味を持っています。「小布施丸なすおやき」は、その特徴を活かし、輪切りにした小布施丸なすの間に味噌をはさみ、これを丸ごと小麦粉の皮で包んで蒸した料理です。おやきでしっかりとした、なすの食感と風味が味わえるのは「小布施丸なすおやき」にしかないものとして、この地域では「小布施丸なすおやき」は昔から美味しいと人気で信州を代表するおやき料理として親しまれています。また、小布施丸なすは平成19年に長野県が認定する信州の伝統野菜にも選ばれました。これからも「小布施丸なすおやき」を明治時代から地域で受け継がれている重要な食文化として継承していきます。
小布施丸なすおやき
長野県
未来の100年フード部門〜目指せ、100年!〜
令和6年度認定

ローメン

昭和30年頃、麺にマトンとキャベツ、ニンニクを入れたローメンが誕生しました。 はじめは「炒肉麺(チャーローメン)」と名付けられ、やがて訪れた“ラーメンブーム”に乗り、語呂も良いということで「チャー」が外れて、ラーメンの発音に近い「ローメン」と呼ばれるようになりました。伊那市を中心とした飲食店に広まり、いつしかローメンは伊那谷特有の麺料理となりました。市民誰もに親しまれる郷土料理のひとつで、街のどこに行っても食べることができる、とても手軽で、身近な食べものです。お昼の時も、夜 お酒を飲んでいる時も、大人も、子どもも、女の人も、男の人も、この地域では誰もが親しんで食べています。
ローメン
長野県
伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和5年度認定

献上寒晒しそば

献上寒晒しそばは、冷え込みが最も厳しく川の水がきれいになる大寒の時期に10日間ほど清流にそばを浸し、天日と寒風に晒すもので、このことによってたんぱく質(あく)が抜けていき、雑味が抜けてもちもちとした食感とほのかな上品な甘い香りが出る、茅野市の気候や風土を生かしたそばになります。茅野市産の玄蕎麦(そばの実)を使用し、茅野市の冬期の凍みる気候(晴天率高く、乾燥・寒天生産地でもある)を利用して作る。これらは、地域の食材を、天然の気候をうまく利用し保存する先人たちの知恵でもあります。現在では、新年に諏訪大社上社で、そばの実を神前にて清める「清祓式」を行ったり、夏の土用丑の日頃から、加盟店で「献上寒晒しそば祭り」と称し一斉に販売をしています。江戸時代に将軍家に献上された歴史ある寒晒しそばの伝統は現在に引き継がれ、限られた店舗でしか提供していない「幻のそば」に多くの「そばフリーク」が舌鼓を打っています。
伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和5年度認定

御幣餅(五平餅)

昔から、祭り街道として栄える芸能の里 阿南町では、南信州の隠れ味と言われる幣束の形を模した御幣餅があります。この御幣餅は、他とは異なるその形から「神様へ捧げるご馳走」として始まったものだと言われ、この地域に受け継がれてきました。伝え聞くところでは、江戸時代の頃には、すでに幣束を模した御幣餅が捧げられていたそうです。道の駅信州新野千石平では、この地域で昔から受け継がれてきた、幣束を模した御幣餅を製造販売しています。この地域の味を是非、味わってみてください。
長野県
伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和5年度認定

やたら

「やたら」は、長野県北部の北信地方で食べられている旬の夏野菜と風味豊かな味噌漬けを細かく刻んで混ぜあわせた総菜料理です。語源は「やたらとたくさんの野菜を使うから」とか、「やたらに刻むから」などと言われています。材料はなす、きゅうり、みょうが、青唐辛子などの夏野菜が基本で、大根の味噌漬けが調味料を兼ねます。すべての材料を細かくみじんに刻み、ご飯にのせて食べると暑くて食欲がない夏でも食が進みます。またそうめんや冷や奴の薬味としても相性は最適です。江戸時代から食されてきたといわれ、現在は野菜の種類や調味料をアレンジしたものも広く「やたら」の呼称で親しまれています。普段は一般家庭で作り食べられている「やたら」ですが、飯綱町では例年8月に町内の飲食店15店舗ほどが参加して「信州・飯綱町やたら祭り」が開催され、定番のものや和・洋・中に工夫した多彩な「やたら」の食べ比べが人気を集めています。
長野県
未来の100年フード部門〜目指せ、100年!〜
令和4年度認定

美味だれ焼き鳥

日本が高度経済成長期だった昭和30年代、上田市の産業も大きく発展し、まちは働く人の活気であふれていました。そんな時代に、とある店主が考案したのが「ニンニクベースの醤油だれ」をかけて食べる焼き鳥でした。この食べ方は、半世紀を超え、当たり前のものとして地元の味で楽しまれてきましたが、2010年に市民有志によって「美味(おい)だれ焼き鳥」と名づけられました。このたれは、創業当時から継ぎ足しているお店や、信州名物のリンゴなどをすりおろしてまろやかに仕上げているお店など、各店それぞれにこだわりの味となっています。また、「美味だれ」に使われている“たっぷりのニンニク”には、抗菌作用や疲労回復などの効果があります。半世紀に渡って市民に親しまれ、有志によって名付けられ新しい歴史が始まった、「美味だれ焼き鳥」は、今では地元の人だけでなく、上田市を訪れる多くの人々に親しまれる、ソウルフードです。
長野県
伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和4年度認定

矢島凍み豆腐

矢島凍み豆腐は、信州佐久の矢島地域の厳寒期特有の風土で生み出され、古来より冬の食卓を彩ってきた伝統食です。 その由来は、むかし、武田信玄が上杉謙信を攻めるために、はるばる甲州から兵を率いてやって来て、現在の佐久市矢島地域の西方にある虚空蔵山の頂で宿営をしました。この虚空蔵山は信州から甲州に戦況を知らせるために、信玄がのろしを上げる場所としていました。ここに信玄が宿営したとき、矢島城主の矢島某氏が、大将の食膳豆腐をだしたところ、ちょうど寒中であったので、豆腐はすっかり凍ってしまいました。信玄はこの凍った豆腐が美味であると誉めて、これを薄く切って凍らしたら良いだろうと農民たちに奨励したことが始まりといわれています。 矢島の凍み豆腐は、柔らかな舌触りで大豆のうま味があり、今では県内外から注文が寄せられ、期間と地域が限られるファンの多い逸品です。
矢島凍み豆腐
長野県
伝統の100年フード部門 〜江戸時代から続く郷土の料理〜
令和3年度認定

謙信ずし(笹ずし)

飯山市富倉地域の里人が上杉謙信に献上したと伝えられる謙信ずし(笹ずし)は、雪国の古人の知恵とロマンをかきたてる郷土食です。ぜんまいやこごみ、わらびといった山菜やくるみなど、山の幸を具材とするところは、海のない信州ならではであり、特有の食文化が発達してきたことが窺えます。飯山市では、祝い事や祭りなどの行事があると、笹ずしを「晴れの食」としてもてなす習慣があり、喜ばれています。また、酢をきかせた飯を抗菌作用のある笹の葉にのせるため、高い防腐作用があり、直接笹の葉から食べるのが本来の食べ方とされるなど、保存食、携帯食に適しています。1553年から12年間にわたって争われた川中島の合戦に向う謙信の兵が食べたとされる言い伝えも納得です。平成12年に「長野県選択無形民俗文化財」、平成19年に「飯山市選択無形民俗文化財」に指定されており、地域の誇りとして今後も継承していきたい大切な食文化のひとつです。
謙信ずし(笹ずし)
長野県